L子ちゃん

 L子ちゃんが愛の手に掲載されたのは、2才3カ月の時。ショートカットのよく似合う女の子でした。取材の時には、緊張して、なかなか笑顔の写真を撮らせてくれませんでしたが、普段は人なつっこく、おしゃべりな女の子だと保母が話してくれました。
 L子ちゃんが里親に初めて出会ったのは掲載から4カ月後。緊張しないようにと同じ部屋の男の子と一緒での面会となりました。仲良しの友だちがいたことがよかったのか、里母にはあまり抵抗なく、近づいていけたようです。その後、里母は一日おきに実習に通い、里母の膝に座っているか、手をつないで遊ぶというスキンシップ中心の実習だったようです。通い初めて1カ月経った頃には、里母が施設から帰るときに泣いたり、寂しそうな顔をしてくれるようになり、里母も「引き取れる自信がついてきました」と、施設からの帰り道に電話をしてきてくれました。
 引き取りの日を迎えたのは、施設の方針もあって面会から2カ月後。前日にL子ちゃんに「おうちに帰ろうね。お父さんと車で迎えにくるから」と伝えていて、L子ちゃんも家に帰ることをとても楽しみにしていました。でも、里父母が緊張していたのが分かったのか、保母たちにバイバイをされて、自分の身に起こる変化が不安になったのか、L子ちゃんの顔はうつむきがち。里父の車まで行く途中でうずくまってしまい、抱っこ。車に乗る時も「いやー!」と泣いてしまいました。それでも、何とか泣き止んで車は出発したものの、車の中では大泣きで大変だったようです。
 家に帰ってからはすごくいい子で、出された食事はペロっと食べ、「いただきます」「ごちそうさま」が言える本当に「いい子」でした。その後数日間はなかなか寝ないということ以外は、困ることもなかったようですが、引き取って1週間がたった頃から、家中の引き出しという引き出しを開け、物を出すことが始まりました。そして、ご飯を食べたと思ったら「何か食べたい」と言いだし、物を出している以外の時間は何か食べている過食が始まりました。里母は最初の1,2日は里父が帰ってくるまでに部屋をきれいに片づけていたのですが、ある日、里母から「片づけてもいいものだろうか」と相談がありました。
 その頃のL子ちゃんは、里父の前ではまだ「いい子」を演じていました。でも、里父にもL子ちゃんの状況を分かってもらったほうがいいと、散らかっている部屋のままで里父の帰りを待ってみようということになりました。里父は、養親講座で聞いた「赤ちゃん返り」はL子ちゃんには当てはまらないと思っていた(誰しも最初はそう思う)ようですが、帰宅し、散らかり放題の部屋を見て、やっぱりL子ちゃんも!と気づいてくれたようです。すると今度は、里母だけに出していた赤ちゃん返りを里父に対しても出すようになりました。
 まるでエイリアンのように大人の何人分も食べる過食と、食べるのに飽き、お茶やお菓子を床にまき散らすのも、里母が「もうどうにでもなれ!!」とL子ちゃんの要求に応じてくれたこと、里父のL子ちゃんへの理解もあって5日くらいでおさまりました。
 その後に始まったのが、抱っこ、噛む、叩く、でした。何か気に入らないときに噛みついたり、叩いたり、里父に包丁を持って向かっていったり、外へ出る時にはいつも抱っこでした。でも、里父母とも、「これを受けてあげなければ」と思って、しっかりと引き受けてくれたおかげで徐々におさまっていったようです。
 私が委託後の家庭訪問に行った時は、部屋の隅っこから、「L子ちゃんおいで、おいで」と里母が言うと、L子ちゃんが走ってきて、里母に飛びつく。飛びついたら里母は「L子ちゃん好き好き」と抱っこをしながら言うという遊びが毎日何十回と続けられていて、里母は腰痛と腱鞘炎に悩まされていました。
 L子ちゃんはとても活発な子で、食事の時間以外は外で遊ぶ毎日で、里母はそんなL子ちゃんに頑張ってつきあっていました。一方、里父は、里父のできる限りの家事を手伝ってくれ、週末は里母と交代して一日中L子ちゃんと過ごしました。一日何十回も繰り返される単調な遊びにも文句も言わず付き合ってくれました。
 L子ちゃんは食事の支度をする里母の横で椅子に乗ってお皿を洗ったり、拭いたりするのが大好きでした。それに、里母に「○○を作って欲しい」とリクエストをして、喜んで食べてくれるので、L子ちゃんと一緒に家事を楽しんでできたようです。甘えたいL子ちゃんと、手伝いをしたいL子ちゃんに、最初、里母もとまどっただろうと思いますが、引き取って半年ほどたった時から、ずいぶんと落ち着いてきました。
 L子ちゃんは4才から幼稚園に通っています。幼稚園では「世話焼きL子ちゃん」ですが、赤ちゃんになって抱っこをせがむこともまだまだ続いていました。でも、少しずつ等身大のL子ちゃんになってきたようです。
 養子縁組が整った頃から、「お母さん(養母)は会いに来てくれた時、全然抱っこしてくれなかった」、「うちに帰って来た日は暗くて、雨が降ってて怖かった」、「L子ちゃんは昔ひとりぼっちだったけど、今はお父さんとお母さんがいて寂しくない」とぽつりぽつりと話をしてくれるそうです。
 今、L子ちゃんは5才。「友だちが大好きで私とはあまり遊んでくれなくて寂しいです」という養母からハガキをもらいました。養親が、L子ちゃんの本当に大変な赤ちゃん返りをしっかりと受け止めてくれたからこそ、自信を持って外の世界へ出ていけるのだと思います。養親が時々送ってくれるL子ちゃんの写真を見ていると、どことなく寂しそうで、ぎこちなかった笑顔が、年を重ねるたびにどんどんかわいらしく、柔らかい表情になってきていて、養親との絆を感じさせます。L子ちゃんのこれからの成長が楽しみです。

(あたらしいふれあい 99年2月号より)