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 C君の場合  (あたらしいふれあい  98年6月号より)   

 「愛の手」に掲載された時、C君は3歳半になっていて、里親さんが初めての面会をした時には4歳を過ぎていました。学園に来てまだ数ヶ月しか経っていないということもあり、集団の中で生活をするのにやっと慣れた所で、最近笑顔が頻繁に出るようになったということでした。里親さんは、C君は好きだと聞いている、こおろぎやバッタを家の近くで捕獲して、手作りのケースに入れて持ってきていました。初めは「おじさん、おばさん」としての関わりから始まりましたが、おみやげの昆虫を見ると目を輝かせて喜び、すぐに里親さんに懐きました。週1回の面会を2カ月ほど続けて、里親さん宅に初めてのお泊まりをした頃から、C君は里親さんを「お父さん、お母さん」と呼ぶようになりました。その後、長期の外泊を経て、めでたく引き取りとなりました。何度かの里親宅への外泊のたびに、また学園に帰らなければならないということがC君にとっては辛かったようで、「もうお母さんは来てくれないのではないか」という不安を持っていたようです。
 委託後の家庭訪問に行って、最初に目に付いたのは、里親さんご夫婦が2人とも随分と痩せてしまっていたことでした。何度かの外泊をして慣れたとはいえ、子育ては最高に疲れるのです。昼間は里母さんが、夜間は里父さんがしっかりと関わる、という役割分担が自然とできあがってはいましたが、4歳の子どもが四六時中そばにいるということだけで、相当のしんどさです。身体もどんどん疲れていきます。そのうちに里母さんはC君の顔を見るのも嫌になってしまいました。これではいけないと思い、自分の気持ちをさらけ出す日記を付け始めました。題して「クソ出しノート」。これが効果があって、すっきりし、書く内容もだんだんと「クソ」ではなくなっていったそうです。里母さんからいただいた当時の手紙を引用します。
 『日長一日、子どもとベッタリ一緒にいると、つい苛立ってムキになって向き合っている。これって、子どものペースに私の我が抵抗しているんでしょうね。相手をコントロールしようとしている自分と、そんな自分の思いをコントロールできない自分に、一番原が立っているように思います。Cを寝かしつけてから、後片づけや入浴をして一息つきますが、Cの眠っている顔はやっぱりかわいいし、いとおしい気持ちになります。まだCと面会する前の、ただひたすらにCに思いを寄せていた初心の頃に立ち返ることができ、反省反省の毎日です。一緒に暮らし始めて約2カ月、初対面からはもう5カ月になります。Cはずっと「ここ誰のおうち?」と答えるのが嫌になるほど私たちに訊いていましたが、ついこの間、「ここはC君のおうちや」と初めて言いました。やっと自分の中に「自分の家」という確信が持てたのでしょう。まあよく、と思うくらいに次から次へといろんなことをやってくれます。床の上ならおしっこをしても「あ〜あ」で済ませられますが、畳やカーペットの上だと顔が引きつる。何をやっても長い人生の中のたった一時期なんだからと、頭では分かっていても・・・。なかなか寛容になれません。(中略)子どもがどういうことをするかは、養親講座やその他の情報で分かっているのですから、後は、その時、自分がどう対応できるかですね。』
 育て始めて、もっともしんどい時の様子が正直に書かれている手紙だと思います。
 その後、C君は幼稚園に行き始めましたが、カリキュラムに全く乗らない、他園児となじめない、先生に話しかけられても無視、皆が何をしていようがC君はいすに座ったままじっとしている、などがしばらく続きました。それでも、C君は幼稚園に行きたがり、休もうとはしません。里母さんはC君が幼稚園に慣れ、「お母さん、もう来なくていいよ」というまで、その頃、幼稚園で頑張っている分、家では甘えが目立ち始めました。C君は2歳すぎまで実母と暮らしていたためでしょう、里母さんに対しては、赤ちゃん返りらしい行動が見られなかったのです。それが、赤ちゃん言葉になったり、里父さんに内緒で里母さんのおっぱいをしゃぶったり、という行動をし始めました。このことが里母さんはとても嬉しかったそうです。待ってましたとばかりに、しっかりと受け止め、数週間で終わったそうです。
 その後も、新米親子の間にはいろいろなことがありました。C君が来て家族が増えたことにより、夫婦の間に喧嘩や行き違いが増えたし、親族や近所への気兼ねも増しました。里親さんはその都度真剣に考え、対応しました。1人で悩まず、協会にも相談をされました。だけど、どんなに辛くても、C君を学園に返すということだけは、一度も頭に浮かばなかったそうです。縁組の申し立ても着々とこなし、名実ともに親子になりました。
 C君は今、一年生。学校が大好きで喜んで行っています。4月に里母さんからいただいた手紙を引用します。『Cは大きい方なので、2〜3年生の子どもより背が高く、ちっともピカピカの一年生らしくありません。幼稚園の入学式の時、ただ1人大泣きに泣いて、ひとりでいすに座っていられなかったのを思い出し、Cとはもう随分長い間、一緒にいるような気がするのに、まだ2年と数ヶ月。お互いに言いたい放題言っているけれど、まだまだ親子関係は気が抜けないなと、時折自分を戒めています。』
 手紙には、小学校の入学式にC君と並び、親として得意げな素敵な顔をした里親さんの写真が同封されていました。これからも、しんどいと思うことが沢山あるでしょうが、里親さんと一緒に悩み、考えていきたいと思っています。