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 K君の場合  (あたらしいふれあい  99年1月号より)   

 Bさんに初めて会った時、私の心臓がどっくとしたのをよく覚えている。「似てる!Kくんにそっくりだ!」と思った。しかし、BさんはKくんに申込みに来たわけではなかった。それに、Kくんには別にとても熱心な申込者がいた。ただ、熱心なのはいいのだが、どうしてもその申込者に気になることがあって、素直に話をすすめられないでいた。悩んだ末にその申込者を断ることにした。それに、Bさんが申し込んだ子どもにも、より適格と思える申込者がいたので、Bさんの方にも断り状を送った。
 さて、そこでKくんをBさんに紹介することにしたのである。「紹介したい子どもがいるのですが・・・」という私からの電話に、B夫妻は詳細も聞かずに駆けつけてこられた。そんなBさんの前に、黙ってKくんの写真を並べた。「まあ・・・」と言ったきり、2人は顔を見合わせ、そして3人で笑ってしまった。
 世の中には自分に似た他人が3人はいるのだそうだ。どのような遺伝子のいたずらか知らないが、テレビの「そっくりショー」でもびっくりすることがある。歌手の森進一にそっくりな「ものまね歌手」は顔だけではなく、体型も声も少々のことでは見分けがつかない。まったくの赤の他人にもかかわらず、親族よりも似ている人間がいるという不思議さに圧倒されそうになってしまう。
 もちろん、似ていれば親子関係がうまくいくという保証など全くない。逆に、似ていることが「たまらなく嫌だ」と思うこともあるかもしれない。まあ、しかし、意図的に親子を作るときに、「似ている」という条件は決してマイナスではない。よく、初めての面会の時に、「よくも、こんなに似たご夫婦を見つけられますね・・・」等と施設職員に言われて、そう意識して選んだ訳ではないときの方が多いのだから、改めて見比べてみることさえある。
 さて、BさんとKくんは、本当にそのまま相似形ともいえるほどに体型まで似ていた。顔も体型もふっくらとしたB氏は、小さいときからの肥満児だったようだ。夫人の工夫したダイエットメニューにもかかわらず、B氏の体重はあまり減少しない。それ以上に華奢な夫人の体重が、そのメニューでは増加しないことの方が私は心配になったほどだ。そんな里父に似たわけではないが、Kくんの過食は1才3カ月という年齢にもかかわらず、教科書通りのものだった。とりあえずよく食べるのだが、どうやらバナナにはまってしまったらしい。テーブルの果物籠にあるバナナを指さすので、好きなだけ食べさせてやると、1日に5〜6本を平らげるらしい。いくら私から「欲しがるだけ食べさせてください」と説明されていても、ちょっぴり里母は心配になってしまって、バナナを冷蔵庫に隠してしまった。そうすると、冷蔵庫の前で「ナナ!ナナ!」と出してやるまで叫び続けるのだ。仕方なくその都度出してやるので、結局は本数が変わらない。そこである日、八つ手のような大きな一房をドーンとKくんの前に置いてやったそうな。しばらくバナナと里母の顔を見比べていたKくんは、1本をむしって食べると、それ以来バナナと言わなくなったとか。2カ月後に私が家庭訪問をした頃には、かなり食欲は落ち着き始めていたが、それでも絶えず何かを口に入れていた。
 ちょうど引き取って1カ月の頃、Kくんは風邪から肺炎になって入院をした。里母は、最近の協会への申込者の高齢化の中では若い方だった。細くて色白の里母の、どこにこんなエネルギーがあるのかと思うほどに、重いKくんをよく抱いている。「10キロの米袋を子どもに見立てて、抱いて腕を鍛えておくのよ」と、いつも私は檄を飛ばしているのだが、誰も実行してくれない。そのくせ、実習も3日目になると、「もう腕がパンパンで・・・こんなにしんどいとは思いませんでした」と弱音を吐いたりすることになる。「だって、子どもはかわいいから重くても抱いていられますが、米袋はやたら重いだけで・・・あれはやってられませんよ」と言われると、「さもありなん」とは思うけれど・・・。
 Kくんを入院させると、さすがに里母もがっくりとして、疲労と心配で倒れてしまった。母子で入院することになってしまったらしい。「そうですね。相当に養親講座で脅されていましたから、覚悟はしていたのですが、面会・実習・引き取ってからの1カ月、ここまでは正直しんどかったです。でも、それだけでしたよ。あとはかわいくて、面白くて、楽しいですよ。もう少ししたら、もう1人。お願いしますね・・・」「そうね。今度はあなたにそっくりの女の子でもおればね・・・。何言ってんの。そう、あなた方の思うとおりにいくもんですか・・・!」

 「似ている」という条件は、どの子どもに申し込むかという時には、かなりのインパクトになっているようだ。時々、「この写真、私の小さい時にそっくりなんです。ぜひこの子を・・・」と訴えられても、当の本人と写真を見比べながら、「どこが・・?」と思わせられることも多い。
 Cさんは、最初希望する子どもについての条件としては、「一つだけ「捨て子」だけ困ります」と言っていた。「私、小さいときに母と別れました。それで、結婚してから母を捜したんです。逢えました。それで、きっと子どもは親を捜したいと思うのです。捨て子だとそれができないですよね」と言われる。ところが、その後、まだ決まらない子どものファイルを見ていたCさんの手が、ある子どもで止まった。じっと見つめている。Q夫くんだ。だが、彼は棄児なのだ。「その子は・・・」「え?そうなんですか?でも・・主人にそっくり!」確かにまるでそっくり。
 Q夫は、結局Cさん夫婦に引き取られ、もうずいぶん大きくなっている。
 当然に、成長とともに子どもの顔は変化する。成長した子どもと養親の顔が似ていることは少ない。