3才で愛の手に掲載されたJ君が里親に出会ったのは4カ月後のことでした。J君はまだ乳児院に入っていましたので、周囲の子どもより頭一つ背が高く、年齢も一番上で、保母さんのお手伝いや小さな子どもの声かけもできるお兄ちゃんでした。取材の時には最初大声で泣いていたものの、すぐにケロッとして歌いながら踊りながらの取材となりましたので、面会はスムーズにいくのでは?と思われました。
面会の日には、早くから他の子どもと離れて保母さんの部屋におり、リラックスした様子でした。里親がやってきても物おじせず、周囲が拍子抜けするほどでした(里父母はほっとしていましたが・・・)。おみやげのミニカーにも関心を示し、里親とも遊べました。里親の問いかけに対しては保母さんのほうを向いたまま返事をしていましたが、里父母をチラチラと見たりして意識していることが窺えました。
実習が始まると、J君も里母が来るのを心待ちにしているようでした。時々里母に「お母さん?おばちゃん?」「Tちゃんのお母さん?」と聞いてきたので、里母は不安なんだなと思ってその都度「J君のお母さんよ」と答えていました。J君は乳児院での生活が長かったので実親や里親に引き取られていく友だちを何人も見送ってきました。「Kちゃんはお母さんと行ってんで」と里母に話しました。別れる時に「さよなら」と言うのは嫌なようで、「あした来る?」と聞いてきたそうです。実習はほぼスムーズに続いていましたが、ただ外出は嫌がり里父母と車に乗るのにかなりてこずったようでした。
約2週間の実習後引き取りの当日。朝からJ君はいっこうに着替えをしようとしませんでした。2日前に里母が引き取り当日の服を預けていました。その時J君が「それを見たい」と言っていたので見せたところ、「ふ~ん」と関心のない様子でしたが、その日に限って「お母さんもう来なくていい」とも言ったので、その時既に何かを感じていたのかもしれません。里父母が到着した頃には大泣きになり、里母が抱っこしてもおさまらず、保母さんに抱っこしてもらい車へ。絶えず保母さんに「一緒に乗る」と言い続けていました。見ているこちらが辛くなるほど泣いていましたが、乗せられていきました。
里親宅の玄関でも「おうち違う」と言い、入るのを渋りました。お風呂も嫌がって入らず、里親もその日は無理には入れなかったそうです。夜になると自分で持ってきたピカチュウのリュックをもって帰ろうとし、12時近くまで眠りませんでした。翌日には少し落ち着いていましたが、『偏食』が始まりました。もともと好き嫌いが多く青い野菜が苦手な子どもでしたが、ふりかけごはん、ウインナー、ヨーグルト、ヤクルト、牛乳。ほぼそれらだけを食べました。ふりかけが好きで山のようにかけましたが辛くて食べられず、それは自分でやめてしまいました。ただそばに20袋くらい置いてそれを見ながら食べます。近所で火事があった時にJ君は「怖い、怖い」と言い、「お家が全部無くなるね」と里母言うと、J君は「ふりかけもなくなるね」と言ったと里母が笑っていました。おやつも「Jのおやつ」と書いた大きな袋に入っていて、自分でそばに置き、食べたい量だけ食べています。
最初、ごはんは自分で食べていましたが、自分のことを「赤ちゃん」と言いはじめ、里母が食べさせてくれるとわかると恥ずかしそうにしながら「食べさせて」と言うようになりました。今では里母は大急ぎで食べ、J君は毎食1時間半かけて里母の膝の上に座って食べているそうです。里母と買い物にも行き、自分でウインナーなどほしいものを選んで買っていますが、無茶買いはしないそうです。牛乳の入ったコップに手をつっこんだり、テーブルに水をばらまいたり、ガスを触ろうとしたりして、里父か里母に叱られる時があるようです。その時はどちらかがしかればどちらかが引き受けるというようにしているそうです。
最初は嫌がったお風呂でしたが、今では中でおもちゃで遊ぶことを覚えたようで楽しんで1時間以上もお風呂に入っています。里父と二人だけで入るのは嫌がり、里母と入っているところに里父が入ってきて一緒に遊んでいるそうです。「明日はお父さんと入る」とJ君も宣言するのですが、どうもまだ難しいようです。お風呂から上がって里母と二人だけの時にはバスタオルで「おしめをしてほしい」と言ったり、おっぱいをさわったりしています。
だっことおんぶを要求することが多く、16キロもあるので里母は「腰が痛くて」と言っていました。「ちょっと待ってて」というと大声で泣いてしまいます。里親会の行事にも参加しましたが、行っている間中、だっこで山道の上り下りを歩き続け、2,3日腕がパンパンになってしまったそうです。
里父はまっすぐ帰宅し、J君を公園に連れ出して遊んでくれるそうです。里母が言えば皿洗いもしてくれるようになりました。ただ、まだJ君と里母の関係に立ち入れず、少し寂しい思いもしているそうです。
子どもが寝てしまった後、協会で発行している『親子になる』を読みながら、夫婦でJ君の様子を「本どおりやね」と話し合っているそうです。
J君の年齢から考えると、里父母も私も大変なことになると覚悟していました。施設の中では「年長さん」だったので、J君が自然に赤ちゃんになってくれたことと里母が受け止めてくれたことは本当に良かったと思います。J君が引き取られて1カ月半、J君と里父母の関係はまだ始まったばかりです。これからどんなことを起こしてくるのかはまだわかりませんが、とりあえず里母に抱っこされているJ君の笑顔は余裕のある自慢気な顔にも見えました。これからも里父母にエールを送っていきたいと思います。
(あたらしいふれあい 98年12月号より)