B君が愛の手欄に掲載され、里親さんと初めて面会をした時には3才になっていました。少し照れ屋さんで、取材の時には保母さんの背中に隠れてしまい、なかなか顔を見せてくれなかったB君ですが、面会は思ったよりスムーズでした。里親さんが持参した玩具で一緒に遊んだり、お話をしたり、別れ際にも「また来てね」と笑顔で挨拶できました。
その後、実習が始まってすぐに「お父さん、お母さん」と呼び、保母さんから離れて里母と散歩に行ったりということも平気でした。保母さんがいる時にはいつも通りなのですが、里親さんとB君だけになると「赤ちゃん言葉」を使い、だっこやおんぶの要求も頻繁になりました。引き取りの日、担当の保母さんは涙・涙だったのですが、B君はとてもご機嫌で、里父に抱かれ、「じゃあね、バイバーイ!」と施設を後にしました。
B君も、愛の手に掲載される多くの子どもがそうであるように、生まれてすぐに乳児院に入っています。ただ、1才からは施設の「分園」で生活をしていました。地域の中の普通の民家で、住み込みの保母さん2人と小・中学生4人、幼児はB君ともう1人という構成での生活です。もちろん一般の「家庭」とは違いますが、50人近い子どもが集団生活している「施設」に比べれば、かなり「家庭」に近い雰囲気ではあります。
思いのほかスムーズにいった面会や、その後の里親さんとの関係の持ち方のうまさというのも、B君がそのような環境の中で2年近く育ってきたということも関係するのかなぁと思っていました。2・3才になった子どもと新たに親子関係を作るのは本当に大変な作業だと養親講座などで話をするけれど、この調子だと、B君の場合はわりとスムーズに「親子むすび」ができるのではと、私は少し楽観的に思っていたのです。ところが・・・。
引き取って2日くらいは、それはそれは「いい子」だったそうです。いわゆる「見せかけの時期」です。が、1日中、里母にべったりくっついて家事は一切できなかったので、食事はスーパーの惣菜ばかりだったといいます。3日めから、「試しの時期」が始まりました。まずは「偏食」。味付け海苔にスナック菓子、缶ジュース。里母さんは、養親講座を受講しておられたので、岩崎の話を思い出し、すべて「ドーン」と与えると、それぞれ3日程で食べなくなったそうです。缶ジュースも毎日毎日、自動販売機やスーパーに行き、ありとあらゆる種類を買って、少し口をつける…ということをして、試し尽くして終わりました。
スーパーにB君を連れていくと、次から次へと買い物かごに品物を入れるので、おまけ付きの菓子だけで1万円近い買い物になったこともあります。ごはんを食べ散らかしたり、おもらしをしたりということもありました。里母は、とにかく「受け入れ」に徹することにしました。制止をするより、受け入れた方が早く終わるということを、経験的に感じてくださったのだと思います。食べ散らかしやおもらしも、「わざとこぼして汚い思いをするのはB君。お母さんは掃除するだけ。おもらしをして気持ち悪いのはB君。お母さんは洗濯するだけ」と思うようにした、と後になって話してくれました。「赤ちゃんがえり」もありました。一時期は「おっぱいいじり」がエスカレートして、里母は胸がはれてしまい、ボタンも止められないくらいになったそうです。試しに「おしゃぶり」を与えると、うんと少なくなりました。
里父も、毎日5時過ぎには帰宅し、B君の遊び相手を引き受けました。日曜日にはB君と里父と2人だけで出掛け、里母が一人でゆっくり休める時間を作るようにしたそうです。しかし、その里父も、前述の数々の「試しの行為」については当初は「ダメ」と制することが多かったといいます。ところが、里母が受け入れに徹してせっかくおさまった偏食などが、里父の「~しちゃダメ」という一言で、元の木阿弥になってしまうことがあり、里父は里母から叱られたそうです。そして、里父も全面受け入れに方針転換し、1ヵ月を過ぎた頃から、ずいぶん落ちついたといいます。
引き取り後、2ヵ月位たって家庭訪問をした時に、B君の数々の「試し」を聞き、とても「やりやすそうな」子どもに見えたB君でも、ここまで「この人は本当に親になってくれるのか?何でも受け入れてくれるのか?」と試してくるのだなぁと、正直なところ、私は少し驚きました。「家庭」に近い施設での生活だったけれども、やはりそこはB君にとっての「家庭」ではなく、新たに「親子関係」を一から作る作業が必要だったのです。里親さんは飄々とした感じで「試しの時期」の話をしてくださったので、そんなにイライラせず、ドンと構えて乗り越えられたのだなぁと思っていたのですが、1年余りたって養親講座で話をしてもらった時、「あの時はほんとにストレスがたまって、夜、家の外で茶碗を投げつけて発散したこともあったんです」と話しておられました。その時は、すでに「笑い話」になっていたのですが、渦中にいる時はほんとに大変だったろうと、頭が下がる思いでした。
B君は今、幼稚園の年長さん。先日、里母さんが協会に来られ、B君が母の日に作ってくれたという、ブロ-チを見せてもらいました。「もったいなくて使えないんです。Bのおかげで、ほんとに楽しい生活をさせてもらっています」と本当に嬉しそうでした。あの「しんどい時期」を乗り越えてこそ、「今」があるのだなぁと、しみじみ思いました。
(あたらしいふれあい 98年5月号より)