O君が「愛の手」に掲載された時は4才9カ月でした。甘え上手で人なつっこく、賢い子どもで、施設でも優等生の男の子でした。
O君が里親に出会ったのは、それから4カ月後。5才になっていました。取材の時には、自分からポーズをとるほど、サービス満点のO君だったので、面会もスムーズにいくかもしれないと思っていました。面会は、O君が普段あまり行かない園長先生の部屋ですることになりました。最初は恥ずかしがって、もじもじしていたものの、園長先生にもらったお菓子の包み紙をゴミ箱の前できれいにはずし、椅子にきちんと座ってお菓子を食べる。もう1個とねだることもない・・・と周りの大人がため息が出るほど「良い子」でした。保育士に促され、里父の膝に座ったり、里母の帽子をかぶってみたり、緊張していた里父母もそんなO君の仕草を見て「かわいい!」と思ってくれ、数日後から実習が始まりました。
O君には、「愛の手」に掲載されるまで実母が何度か面会に来ており、O君には実母の記憶がはっきりとありました。年齢的なこともあって、保育士が「Eのおじちゃん、おばちゃんはO君のお父さんお母さんになってくれるんだ」ときちんと話をしました。そういうこともあって、O君は里父のことを「お父さん」、里母のことは「おばちゃん」という呼び名で呼ぶようになりました。里母は1日おきに実習に通い、O君との関係を作っていくことになりました。1週間たって、初めての外出で家に連れて帰った時は、里父にもよく懐き、おばあちゃんにも優しくしてくれたとのことでした。
約1カ月の実習の後、引き取りとなり、O君には児童相談所の職員から、「これからEの家で暮らすんだ」と伝えられました。O君は家に帰れるということが嬉しくて仕方がなかったようですが、引き取られた当初は借りてきた猫のように良い子でした。1週間ほどたった頃から、「赤ちゃん返り」が始まりました。1日1回はすねて物を投げる。洗濯物を放る。階段の上り下りはおんぶ。食事もお腹をこわすかと思うくらい、よく食べる。という状態でした。小柄な里母が5才のO君をおんぶして、階段の上り下りをしている・・・と聞くだけで、大変だなあと想像できます。
委託後1カ月後の家庭訪問の時には、家の中で我が物顔に振る舞うO君がいました。里母は引き取った最初の2週間は、O君がおこす赤ちゃん返りにイライラもし、O君の過食を見かねた義母と言い争いをしたことも。でも、最近は「O君にあわせよう」と思えるようになった、と話してくれました。そして、「自分がそう思うことで、Oも落ち着いてきたのかもしれない」と思えてきたといいます。里母と一緒に歩いていた時に「前のお父さん、お母さんはおったけど、新しいお父さん、お母さんができたから、もういいねん」と言ったり、ある公園を通ったときに、「この公園、前のお父さんと行ったことがある」と言ったり、今まで実親のことを口にしなかったO君が少しずつ実親の話をするようになってきました。O君の中で、実親でなく、里父母が自分にとって大切な存在なのだと思えるようになってきたからなのかもしれません。
O君は施設でも幼稚園に行っていたので、引き取りと同時に里親の地域の幼稚園に転園しました。幼稚園には喜んで行き、5才として頑張っているようですが、朝ぐずって起きなかったり、洋服をきちんと着替えなかったり、食事も食べさせて欲しいと言ったりする状態がしばらく続きました。幼稚園の先生にも、養子にすることは伝えてあったけれど、当初は子ども同士で遊ぶよりも先生にべったりとくっついたり、友だちと喧嘩することが多かったようです。日が経つにつれて、先生も理解してくれるようになり、「O君、落ち着いてきましたね」と言われるようになりました。
子どもは養子縁組が整うまで、里親の姓ではなく、実親姓を名乗ります。O君は病院に行った時に、自分の名字がE姓でないことに「おかしい」と言うようになりました。「T(実親姓)と違うで。Eやで」と言ったり、仲の良かった施設の友だちの名前を出して「○×ちゃんに会いたいなあ。でもEじゃあ分からへんかもしれんから、Tって言わなあかんな」と言ったり、そうかと思うと、「僕はお母さんのお腹から産まれたんやな」と言ったり、「分かって言っているのか、そうでないのか、よく分からないんですよ」と、側で聞いている里母はその度にどぎまぎすることもあるようです。
引き取って1年半で縁組が整い、入籍した時には、「今日はお祝いやで。Tじゃなく、Eになった日やで」と言ってお祝いをし、O君も「うれしい」と喜んでくれたそうです。協会にも、「特別養子縁組法により、長男として入籍いたしました」という文面で、笑顔のO君の写真入りの年賀状が届きました。
O君は去年、小学校に入学しました。懇談会では、「とにかく元気です。もう少し先生の言うことも聞いて欲しいけど」というコメントをもらったそうです。初めは友だちと喧嘩したり、乱暴な面もあったようですが、だんだんと、どの子とも仲良くでき、他の子の世話を焼く「面倒みのいい」ところが出てきました。里母曰く、学校から帰って遊びたくても、宿題はきちんとしているよう。宿題を忘れて恥をかくのが嫌なのだそうです。几帳面で、それでいて、子どもらしくやんちゃなO君。5才という難しい年齢からの親子むすびは大変だっただろうと思います。O君の赤ちゃん返りを「でも、当たり前のことやし」と明るくパワフルに乗り切ってくださったEさんに感服です。
(あたらしいふれあい 99年5月号より)